職場で嫌いな人・合わない人との接し方

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結婚も就職も、今や終身ではないというのが一般常識化しています。

つまり、結婚すれば離婚するのが、就職すれば離職するのが当たり前!
ともすれば、いずれも何度となく経験することが一つのステップアップにすら思われているくらいです。

もちろん何度でもやり直しが利くのが人生で、七転び八起きという考え方は重要だと言えるでしょう。
ただし、何度結婚や就職してもうまく行かないのは、自分自身が変えられないというのも一つの理由です。

似た者同士こそ危ない

離婚や離職の理由として、必ずランクインするのが「性格の不一致」を思わせるものです。

特に職場となると、性格の合わない人が何人もいることは珍しくなく、我慢しているとストレスで病気になりかねない!だから離職する!!というのは、賢明な選択でもあります。

ところが、一度この理由で辞めてしまうと、また次も同様の理由で辞め、その次の職場も・・・という形で、どんどん離職を繰り返す傾向が強く見られます。

しかも、今度こそ大丈夫、気の合う同僚がいるからとか、理解ある上司がいるから・・・と言っていてもです。むしろ、そういう気の合う同僚や上司がいることこそ、離職の一途を辿るスタート地点なのかもしれません。

というのも、この世には、「引き寄せの法則というのが存在し、人は必ず似たもの同士が寄り添うという傾向にあるからです。

だからこそ、同じ目標に向かって協力し合える訳ですが、困ったことに、この「似た者というのは、時に長所や短所も該当します。つまり、自分で自分の嫌いだと思う部分や好きだと思う部分を同じように持っている人が周囲にもいるということになってしまうのです。すると、何やらそこには良からぬ雰囲気が漂います。

相手の長所と短所は自分の長所と短所

一見、似た者同士はうまく行くように見えます。
しかし、自身の短所は、なるべくなら認めたくはありませんから、極力見ないようにしていることが多いのです。

例えば、短気であっても、それを否定し、私は気長だと言い張ったりします。
その一方で、長所は出来るだけ自分だけのアピールポイントとして見たいのが本音です。
同じようにとっさの事態に対する判断力に優れている人がいても、それを素直に認めることはなかなか出来ないものなのです。

ところが、そうなると、今度は「相手の短所ばかりを見ようとしてしまいます。しかも、その短所が、自分と同じ短気なところだと分かると、まるで嫌な自分自身を見ているような錯覚に陥り、たちまち嫌悪感が芽生えてしまうのです。

その一方で、長所は何が何でも見たくない!見ようとしませんから、結果、生理的に嫌い、合わないという固定観念が根付いてしまいます。そうして人間関係は乱れていくという流れです。




気にしない作戦はおすすめできない

どうすれば職場で嫌いな人や合わない人と上手に付き合えるのでしょうか? 

よく、気にしないのが一番だと言われますが、これは実に無責任な回答です。
気にせずにいられるくらいなら、最初から気にはなりません。

やはり、嫌いな人は嫌い、合わない人は合わないのですから、それをきちんと認めることが大事です。そうすることで、ストレスは一気に軽減します。

特に、先述したように、自身の短所を見て見ぬふりをすることは、必ず過度のストレスに繋がります。
そして、相手の長所を見ないのも同様です。

一見、その方が楽になるように見えますが、人間、目に見えるものを見ないほど精神的に疲れることはないのです。
そのため、気にしない作戦は賢明ではないという訳です。

それよりもむしろ、しっかりと自分や相手を見る方が、物事が優位に進むものと考えられます。さらに、人の見方を変えると、どんな職場も一気に面白くなります。

人は個人ではなく分人

私たち人間は「個人」として扱われることが多いかと思われますが、この個人というのはその字の通り、単体としての人を示しています。しかし、人は本当に個人なのでしょうか?

確かに、体は1つですから、紛れもない単体ですが、中身はどうかと言えば、決して単体ではありません。それどころか、誰もが弱い部分もあれば強い部分もあり、さまざまな性格や能力を兼ね備えています。

例えば、普段はデスクに座りっぱなしで偉そうなことばかり言っている上司が典型的な外弁慶で、蜂もゴキブリも平気なのに、奥さんが怖い!家では何も言えない!!でも、商談の時は素晴らしいプレゼンをして周囲を圧倒させたり、仕事はバリバリこなす! 

あるいは、極度の高所恐怖症で飛行機が苦手だとか、実は注射が怖くて献血できないのに、柔道2段の腕前で、演歌を歌わせれば売れない歌手顔負けのうまさだなどなど。

「一見個人に見えても、本当は分人で、たった1つの人格しか持たない人はいません。
そこで、そのいろいろな人格を見ることで、思いのほか面白く、身近に感じられたりもするのです。

分人として見る

他人だけではありません。自分もまた個人ではなく、分人として捉えることが大切です。

上司と同様、さまざまな長所や短所、特技や苦手なものがあります。果たして、その全ての人格が、相手の全ての人格を否定するでしょうか?

仮に、自分の短気な部分が相手の短気を敬遠していたとしても、一方で、刺激を求める部分が、それを楽しみたいと思っているかも知れません。

また、歌やしゃべりが苦手なら、素直に憧れを抱き、そのノウハウを吸収しようとすることで、成長の糧と出来るでしょう。

そう、ポイントは、「相手を分人として見て、自身が分人として接するということです。

上司や同僚が自分をちゃんと見てくれない! 認めてくれない!!
そんな不平不満を口にし、職場の人間関係を嘆く方が後を絶ちません。

でも、自分自身はどうでしょうか? 本当に上司や同僚をしっかりと見ていますか? 認めるべき点を認めていますか? さらに、自分自身の長所も短所も全て受け入れていますか?

自他共に個人ではなく、分人として扱えるようになった時、必ず何かが変わります。
何故なら、短気な相手を刺激を求める自分で受け止めると言ったように、「敵の短所を自らの長所で活力にできるようになるからです。

また、分人として人を見られるようになれば、相手の長所を自らの短所のフォローや成長の糧として活用することも出来るようになるでしょう。きっと、職場中の人が自分にとってはエネルギーとなり、面白くなるはずですよ。


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